復興策で一石を投じる ~スリランカ内戦終結~

スリランカの内戦が終わり、すでに2週間が過ぎた。

先々週は、取引先のスリランカ企業の社長さんと行動をともにする機会が多かったため、なかなかに活きた情報を聞くことが出来た。

内戦のニュースは、いろんなメディアで報道されたので、書き尽くされた観もあるようだが、やはり何と言っても、民族紛争が武力制圧で集結したという衝撃を持って捉えられたというのが、ほとんどの論調だったのではないだろうか。

特にニューズウィークでは、「『トラ狩り』に学ぶゲリラ掃討戦術」と題し、掃討戦術よりも政治戦略が優先されがちな武装勢力との戦いにおいて、専門家の見方を変える可能性もあることを報じていた。LTTEの拠点や勢力圏を完全に制圧したという衝撃は、それほど大きかったのだろう。

また、それによりスリランカ為替や投資環境が好転しつつあることを、確か「東洋経済」だったか、「エコノミスト」だったか、或いは「新潮」あたりが報じていた。そして、戦闘終結を喜ぶ市民の写真。

しかし、その取引先の社長さんも含めて、私の知り合いが言うには、本当の戦いはむしろこれから始まったばかり、ということを仰る方が多かった。

「さもありなん」であろう。

まず、数万人から多く見積もれば数十万人とも言われる犠牲者や難民と、今後どのように向き合うべきか。そして、LTTEの残存勢力をどのように、安定させるか。

また、兵士や犠牲となった兵士の遺族への補償問題。今回の内戦でおよそ8万人とも言われる方々が亡くなったようだが、そこには兵士の数は実際は含まれていないらしい。これは、取引先の社長さんからの情報なのだが、兵士の遺族に対する補償をとても支払う余力を持たないスリランカ政府は、表面上は、「行方不明者」として犠牲になった兵士を扱っているという。そうすることで、遺族補償の負担を緩和させようというわけだ。

武装勢力と武装勢力が対峙している状況は、決して平和と言える状況ではないが、LTTEに限っていえば、その勢力を一部地域に封じ込めているという一面が存在した。内戦によって、経済発展が遅れたのは事実ではあるが、リスクにリミットを持たせていたのは、事実であろう。

戦後復興には、ファイナンスが必要である。ニューズウィークが報じたように、今回の集結劇がゲリラ掃討戦術に一石を投じたものであるならば、是非今後の戦後復興においても、一石を投じるような方策を示していただくことを期待している。

単なるDDRではなく、確実に自立的でと継続的な復興・発展を可能にする方策。単なる支援ではなく、着実にビジネスの種を現地に蒔くことを前提にしたDDR。

折角スリランカと事業をしている立場としては、国際機関やNGOに任せておくのではなく、是非民間企業の立場としても、その復興に積極的に参加していきたいと考えている。

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スリランカ内戦の影響

スリランカでの内戦が最終局面を迎えそうだという。30年にも及んだ内戦が、これで本当に終了するのか、疑問に感じるところも大きい。

スリランカ内戦の直接のきっかけを一つあげろというのであれば、それは英国の植民地政策にまで遡ることができる。最大民族であるシンハラ人勢力を抑えるために、二番目に大きい勢力であるタミル人を特に優遇するという政策。その反動で、独立後はシンハラ人優遇、で、タミル人の不満爆発・・・非常に簡単すぎるがこういう図式化が可能だろう。

内戦の当初、シンハラ人政権の10分の1とも20分の1とも言われた戦力しか有しないタミル人勢力が、一歩も引かずに戦闘を継続できたのは、粘り強く組織力に優れたその民族性にあるともいわれたが、裏でのインドの支援、そして団結力を維持できたことがやはり大きかったのだろう。

今回、政府軍が強気に出ているのは、そのタミル人勢力であるLTTPの団結力にひびが入っているところを突いたからだともいう。

懸念するのは、この戦闘による犠牲者の拡大は当然であるが、同等に終戦後のことも非常に心配している。つまり、LTTP(タミル・イーラムの虎)の残存勢力のゲリラ化である。

バランス・オブ・パワーではないが、政府軍が下手に手出しせず、緊張状態の中での勢力拮抗が保たれていたときは、逆にLTTPの勢力が地域的には封じ込められていたという図式でもあったため、ゲリラ化の心配は、それほど心配せずにはいられた。怖いのは、ゲリラ活動地域の拡大なのだ。

スリランカは、宝石の国とも言われ、鉱物資源が豊富なだけではなく、日本にも必要な農産物の宝庫でもある。教育水準も高く、国民全体の92%という識字率を誇る。そして、仏教国でもあり、第二次世界大戦後、最初に戦後賠償を放棄したというほどの親日国でもあり、国民性も日本に非常に近しいものがある。

そんな国だからこそ、南アジアとの縁が比較的薄い日本にとっては、巨大マーケットのインドの窓口としても、大切にしたい国の一つといえる。政策次第では、中国にとっての香港と同様に、インドにとってのスリランカ、南アジアのオフィスセンターとしての機能を十分に果たせるほどの潜在性は持っているのだ。

内戦の行方が非常に気になる。

明日から、取引先のスリランカ企業の社長が日本に来る。

彼に、現地の生の声を聞きたいと思っている。

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借りたものは、きちんと返す!

本日、ベトナム大使館を訪問。事業打ち合わせ。

ベトナムを舞台にしたODA事業の説明をしてきたのだが、大使館の方が事業のアウトプットの部分を非常に気にしておられた。私は、この点に非常に感銘を受けた。

普通、ODA事業の話をする場合、現地の政府関係の方たちが気にするのは、インプットの部分。すなわち、資金を投入する場面のこと。簡単に言えば、「本当に資金をつけてもらえるの?」という部分が最も興味あるわけだ。

これは、現地の政府関係者だけでなく、ODA事業を提供する側の政府官僚や、JICAや国連機関等のドナーの方たち、全てでは無いが、ほとんどの方が話題にしているのは、インプットの部分。はっきりと言うならば、付いた予算を使いきれるかどうか・・・それが問題ということだ。

ビジネスの場合、イニシャルコストの割出、つまり運転資金をどう確保するのかは、当然重要な作業であるが、それ以上に、アウトプットの部分、つまりどのように収益をあげていくか、借りた資金がある場合、どのようにして返済していくか、この部分が大事になる。

ここをはっきりさせていない事業案は、そもそも絵に描いた餅にすぎない。

あるいは、ODA関係者からの反論があるかもしれない。「定性や定量での裨益効果を事前に割り出しています」、と。しかし、社会的にどのような裨益効果があるかということと、その事業からどのように収益をあげ、資金サイクルのしくみを築いていくかのブループリントを描く作業は、そもそもが次元の異なる話である。

ODA事業のタームが終わった後に、果たしてどのように現地のキャッシュサイクルを回し、継続した収益をつかせてあげるのか、それによりODA資金のインプットが終了した後も現地で「自立的」に「継続的」に事業をまわしていけるのか・・・このような視点がそもそも欠けた事業に何度も立ち会ってきたため、本日のベトナム側からの問題提起は、非常に新鮮に感じられた。ビジネスでは、当然のことなんですが。

私が日本の既存のCSR事業について、疑問というか違和感を感じるのは、多分、ビジネスでは当然あるべきインプットとアウトプットの特にアウトプットの部分が欠落していることが多いからであるのも、一つの要因であるのだろう。

ベトナム大使館の皆様、ご安心を。今回ベトナムで実施するのは、プロジェクトファイナンスは活用しますが、基本的にはビジネスです。当然ですが、収益はあげ、事業を継続させることが第一前提です。儲けはシェアする、ウィンウィン関係で参りましょう!

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いまさらながら、社会起業家って?

最近、といっても、随分長い期間をさしての最近なんですが、社会起業家という言葉が、日常レベルでも聞かれるようになってきたのかな、と思います。あるいは、社会貢献ですか。

「企業の」とつけると、そのままCSRという言葉にも転換できないでもない。

ただ、社会起業家って、何なんでしょうね。雑誌やTVで紹介される方とは雲泥の差で、全然知名度は無いんですが、自身も周りでは社会起業家扱いされることが多いので、逆に思っちゃうんですよね。とにかく、社会起業家って?

私などは、社会起業家という意識はあまりなく、普通に企業活動を続けているつもりですので、「社会起業家」という枠をはめられると、逆に「何?」っていう意識を抱いてしまう。

社会起業家っていう言葉を抜きに、社会に一番貢献している企業って何?ともし聞かれたなら、私は、自身の日常生活を支えている企業、それこそ山ほどありますが、そのうちの一つを答えると思います。

コップを作っている企業しかり、パソコンメーカーしかり、ホッチキスを作成しているメーカーしかり、紙を作成しているメーカーしかり、ペンを作成しているメーカーしかり、電卓を作成しているメーカーしかり、弁護士しかり、会計士しかり、自動車メーカーしかり・・・・。

つまり、企業は、その存在そのものが社会に貢献しているはずなんですよね。

でも、何で社会起業家というカテゴリーが出来てきたんでしょう。

一般に、社会起業家とルーツ的存在と言われているのが、アショカ財団とか言われていたりします。。日本でも、マザーハウスなどが著名だったりしますけど、同時に結構NPO法人やNGO団体などが社会起業家扱いされていることが多い気がします。

思うんですが、どの問題に取り組んでいるか、という点が一般企業と社会起業の区別になっているようなんですが、どうでしょう。

はっきり言いますが、個人的には「社会起業家」や「CSR」という言葉は、あまり好きではないんです。特に日本のCSRは、ほぼフィランソロピーであることが多い。つまり、企業がその業務フィールド外でも活動を実施するという考え。

私は、企業は、その保有しているスキル、そしてノウハウ、人材、そしてそのフィールド、まさに企業がメインで活動しているフィールドで活動する、まさに企業活動の原点で社会と向き合う、それで全く問題な無いと思っています。

欧米で、社会起業やCSRがもてはやされはじめたのは、環境問題や人権に対する意識向上以上に、企業は誰のものか、という議題が大きく影響していることがあることを忘れてはいけないと思います。

その点からすれば、日本の企業は、原点がすでに社会起業である場合が多いんです。ただ、問題の対象が、時代に応じて違うだけ。

CSRだの社会起業だの言う前に、「売り方、買い方、世間良し」、「日本に必要な、世界に必要な技術を提供する」、その原点で世間と立ち向かう堂々とした企業像が欲しいなあと事業家としてつくづく感じています。

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ブログ再開

最後にブログを書いたのが、昨年10月。

少数ながらも、拝見していた方からは、一体どうしたのか、と心配しているとの連絡を頂いてきた。病気とか、仕事がら紛争などに巻き込まれたのか・・・そのような懸念までされていた方もおられた。

大体、ブログは毎日書かないといけないのだよ!・・そんなお叱りも。ごもっとも。

いや、ご心配かけました。すでに何人かの方には直接ご連絡しましたが、新しい会社の立上げとある協会の立上げに、昨年11月からつかりっきりになり、ブログを書いている時間が無くなった、というのが本当のところです。

おかげさまで、新会社を立上げ、さらに新しい協会の立上げも、間近に迫ってきました。

今度の新会社も、そして協会も、両方とも途上国ビジネスに特化した団体です。

前々から思ってきた構想を、この両団体にぶつけるべく、全力で準備してきました。その集大成ともいうべき団体の業務活動がいよいよスタートです。

支援よりもビジネス、支援-被支援よりもパートナーシップとウィンウィン関係の構築へ。

すでに政財界、及び文化人の賛同を頂き(まあ、これに結構時間がかかったわけです)、これからいよいよ本格スタート。複数の事業がすでにスタートしていますので、追ってご連絡できればと思います。

再び、ブログ生活の開始です。

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時には時事ネタでも

途上国ビジネスの件は、一旦はさておき、ちょっとした時事ネタです。書かずにいられなかったもんで・・・。途上国のネタとはあまり関係ないので、申し訳ないです^^;。途上国とビジネスの続きは、近いうちに是非。

さて、そのまんま東さん、というよりは東国原知事と言わないといけないのでしょうが、国政に行くのか否かで注目されているようですね。・・・全くなんでこんなことが注目されるのか・・・本当に情けないです。また、これをネタにするメディアが情けないったらありゃしない。

そもそも「宮崎をどげんせんといかん!」っていう人が国政に打って出てどうするのか。

まあ、そんなにTVを見るほうでもないですし、見る暇も無いんですが、お昼に時間あったんでTBSのお昼の番組を見ていました。そのときに、案の定この話題になったんですが、数あるコメンテーターの中で唯一私が言いたかったことに突っ込んだのは、麻木久仁子さんただ一人。

「そもそも、国会議員というのは選出区はどこであれ、国政のためのはず。宮崎をどうのこうのというために出馬するのは、前提からして間違っているというか、とにかく了見が古い!」こんなことをおっしゃってました。ワイドショーで拍手したのは、久々でしたよ。

民主党の鳩山さんなど「宮崎の任期を終えないで、国政に参加するというのはどんなものか・・・」なんて程度のコメントしかつけてないのですが、わかっていて言えないんでしょうね。それはそうですよね。今の政治家の皆さん、国政のためと言うよりは、選挙区のために政治をしているようなもんですし・・・^^;。

もう出尽くしている議論かもしれませんが、ひがしさんが残した業績とはなんなんでしょうか。敢えて課題に評価するのであれば、地方政治の可能性というものに多くの注目を集めさせたこと、普通に評価するのであれば、かつてのコネクションを使い、宮崎県のトップセールスマンとして働いたことでしょうか。

前者に注目するのであれば、彼はやはり地方政治の人間。もっともっと地方政治の可能性において大きな足跡を残して欲しい。

後者に注目するのであれば、彼が国政で出来ることが全くもってよく見えない。日本のトップセールスマンとして世界で活躍するにしては、知名度が無さ過ぎる。ならば、師匠の北野武に出馬してもらったほうがいいというもの。

彼が本気で政治家としてのキャリアを磨きたいのであれば、やはりせめて任期は全うしたほうがいい。そう思いません?

まあ、ひがしさん本人は、いずれは国政を!と考えている方のはずですから、いい機会だ!これはいける!と踏めば、私のような懸念などお構いなく、国政に参加するのでしょうけれど。

政治と言うか、政治家の貧困をつくづく痛感するこのごろです。商品棚を除いてもろくな商品が置いてない・・・かつての社会主義国のデパートのような、そんな印象を受ける日本の政治家です。

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ODAをビジネスに活用する 2

今日も、前にお話した途上国支援事業の実施機関に、ODAとビジネスの連携(産官連携なんていう言い方をします)のお話をするために行ってまいりました。

この機関は、途上国支援の関係者の間では、有名な独立行政法人ですが、一般的な知名度は、ユネスコやユニセフ等の国連機関と比べると、馴染みは薄いかもしれませんね。海外青年協力隊をやっているところ、と言えばわかる人も多いかもしれませんね。

今、この機関が、企業との連携を積極的に推し進めているところで、アドバイザー的にいろいろとお話させて頂いているところなんです。

さて、この機関と企業の連携スキームですが、具体的には、どのようなものがあり、企業にとってのメリットには、どのようなものがあるのでしょうか。

話をもったいぶるわけではないですが、同じく教育や文化支援の側面から途上国支援に関わっている団体で、ユニセフという機関があります。

ここは、途上国での水資源の開発という側面で、ある企業と連携しています。その企業とは、ボルヴィック。

まあ、有名なお話ですが、少しおさらいしておくと、ボルヴィックとユニセフが連携して打出した「ワンリッター フォー テンリッター」というスキームというのがありまして、ボルヴィックの水1リットルと買うと、アフリカで10リットルの水資源が確保されるというもの。売り上げの一部をユニセフに寄付し、その資金を活用し、途上国での井戸掘りを実施するというわけです。

ユニセフ側からすれば、ファイナンス支援をボルヴィックから受けるかたちになるわけですから、メリットはわかりやすいですよね。ならば、ボルヴィック側のメリットは、どこにあるのでしょうか。

当初、このスキームがリリースされたとき、多くのマーケッターは、ボルヴィックのブランドに傷がつくのではないかと危惧したそうです。フランスの清い水をイメージ戦略でとってきたボルヴィックとアフリカの黄色い水のイメージが結び付かない、それどころか、イメージダウンになりかねないのでは、というわけです。

しかし、蓋を開けてみれば、何と前年比で40%近い収益増をあげたそうです。

企業のブランドとユニセフのブランドが、上手く一致することにより、ボルヴィックの企業評価、CR(Cooperate Reputation)の高まりに貢献したといえるでしょうか。

ユニセフの場合、途上国だけでなく、先進国側でも知名度が高かったために、企業と商品評価の向上につながることが出来たわけですね。

さて、日本のODA支援機関の場合はどうでしょうか。ユニセフとボルヴィックのようなかたちでの連携は、可能でないわけではありません。しかし、ユニセフと比べて、いろんな意味で、戦略連携の点で制約が出てくることも事実です。

加えて、正直なところを言うのであれば、日本のODA支援機関の知名度の点では、ユニセフには及ばない点は否定できません。

ならば、他にどのような連携が可能であり、どのようなメリットがあるのでしょうか。

次回から、一つ一つ想定できる連携スキームの具体例を挙げて、その可能性と実効性、そしてメリットについて述べていきたいと考えていきたいと思います。

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ODAをビジネスに活用する(企業の方必見!の予感^^;)

グローバルグッドニュースからの分化ということで、こちらに移動してきました。

記念すべき第一回は、ODAをビジネスに活用する!という一見すれば、よく意味がわからないものの、何となくおいしそうな匂いがするお話。

というのも、今日、ある大手のODA事業実施機関で、まさに「官民連携と●●●●のCSRフィールドへの参入」というテーマでプレゼンをしてきたところ。1時間半のプレゼンのはずが、時間を大きく割り込み、2時間半になってしまったという大変白熱した質疑応答となりました。

まあ、ODAというのは、公共事業のイメージがあるかもしれませんが、要は途上国と呼ばれる地域に対して政府が資金や技術援助を実施すること、「政府開発援助」なんても呼ばれてますね。

公益性が基軸のODAと会社の利益獲得を基軸とする企業が、そもそも戦略を共有できるのか、誰もが思う疑問かもしれませんね。

結論から言わせて頂けば、目的の共有は無理であっても、目的の相互認識と戦略の共有化は出来ます!

さて、そのODA実施機関が「産官連携」、すなわち企業とODAの連携の実施に注目しているのですが、それを実施するにあたってのキーワードの一つにCSRがあります。つまり、企業の社会的責任という側面から、連携が可能なのではないか、ということ。

しかし、「大まかなイメージはあるものの、細かい連携スキームがどうもつかめない・・・」ということで、私にプレゼンのお鉢がまわってきたということになります。いや、私のような無名のコンサルがこんな機会に預かることができ、正直光栄です。

今日はいろんな部署の方々がいらしていたので、それぞれの思惑が交差しているため、その機関の中でもコンセンサスがとれていないという印象を受けましたが、その方々の官民連携のイメージを大雑把にいうならば、本当に大雑把な言い方で申し訳ないのですが、「企業はファイナンスを提供、実施期間側は必要情報を提供」、こんな感じになるでしょうか。

CSRとは、メイン事業に連動はしているが、あくまでも企業が行う社会事業であり、チャリティの側面が強い・・・・こんなイメージのCSR観をお持ちなのかなあとお見受けしました。CSRは、企業の利益というよりは、社会益のためのものであり、結果としては企業のためにもなるのだ・・・まあ、CSRの王道的な考え方に近いでしょうか。

欧州のCSRは、まさにこの考え方の上に成り立っている傾向が強いですね。

しかし、私の問題提起の一つは、そもそも「企業がファイナンスを出すのか」というところです。そして、CSRとは企業益を産み出すものであってはいけないのか・・・まさにこれに尽きるといえます。

企業がファイナンスを負担しない、お金を出さない・・・決してそういうことを述べたいのではないのですが、はっきりと言えることは、「理由が無ければ、或いは名目が無ければ、企業は金を出すことはない」という点ですね。

逆に言えば、きっかけがあれば、企業はファイナンス負担もありうるということになります。

ならば、「企業がファイナンスを負担、実施機関が情報を提供」というスキームが、つまりはODA事業と企業の連携モデルなのか、というとことはそう簡単ではありません。

では、どんなモデルが企業もODA側が最もしっくりとくるケースになりえるのであって、企業が「これは使い勝手があるぞ」と身を乗り出してくるスキームなのか。

実は、今その機関が実施しているスキームを活用するだけでも、理想的で且つ現実的な官民連携のスキーム実現は、十分可能なんです。

その詳細については、次回をご期待!今すぐ知りたい方は、すぐにでもご連絡を!

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